東京地方裁判所 平成6年(ワ)17232号 判決 1997年2月20日
原告
齋藤忠
ほか二名
被告
品川区
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
被告は原告らに対し、金六二〇三万九六九三円及びこれに対する平成六年九月六日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、自動二輪車が普通貨物自動車と正面衝突し、自動二輪車の運転者が死亡したことにつき、その相続人が、道路管理者に対し、国家賠償法二条に基づいて損害の賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 本件交通事故の発生
(一) 事故の日時 平成四年六月二五日午前三時五分ころ
(二) 事故の場所 東京都品川区北品川一丁目二一番二二号先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車両 訴外岡田武義(以下「訴外岡田」という。)の運転する普通貨物自動車(足立四四え七七六五)
(四) 被害車両 亡斉藤頼広(以下「亡頼広」という。)の運転する自動二輪車(品川に一〇六八)
(五) 事故の態様 亡頼広が、被害車両を運転して、区道八ツ山通り(以下「本件道路」という。)を南から北に向かつて走行中、本件事故現場において、本件道路を北から南に対向してきた加害車両に衝突されて死亡した。
2 被害は、本件道路の管理者である。
3 原告齋藤忠、同金子節子及び同齋藤のぶ子は、それぞれ亡頼広の父、実母及び養母であり、原告らはそれぞれ亡頼広を相続した。
三 争点
1 被告の責任
(一) 原告らの主張
本件道路は、本件交差点において微妙に折れ曲がつており、南から北に向かつてセンターラインの内側二メートルのところを走行して本件交差点を直進すると、センターラインを越えて対向車線に入り、対向車両と正面衝突してしまう構造になっていた。そして、本件交差点は、その中央部の路面が盛り上がっているので、南方面から北方面に向かつて進行する車両にとっては、その高低差により、本件交差点手前付近では対向車両を視認しにくいのみならず、本件交差点の北側の入り口付近には照明灯が設置されていなかつたため、夜間においては、南から北に進行しようとする車両は、ますます対向車両を確認しにくい状況にあつた。したがつて、被告は、車両がセンターラインを越えて対向車線に入ることのないように、導流帯を設置し、交差点内のセンターラインを明らかにするなどして、本件交差点を直進する車両が対向車線に入ることのないように誘導すべき義務を有していたところ、これを怠つたのであるから、その道路管理に瑕疵があつたというべきである。そして、本件事故は、被告の右道路管理の瑕疵によつて生じたものであるから、被告は、国家賠償法二条に基づき、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。
(二) 被告の反論
本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたとの原告の主張は争う。本件道路は、五〇メートルごとに設置された四〇〇ワツトの街路灯により、その見通しは良好であつたこと、センターラインが路面上に標示されていたこと、交差点において信号機が設置されていたことにより、道路が通常有すべき安全性を備えていたので、被告の道路管理に瑕疵はない。
本件事故は、亡頼広が法定速度である時速四〇キロメートルを著しく超える時速一一〇キロメートル前後の速度で、前方を注視することなく、センターライン上を走行するという、道路交通法に違反した運転行為によつて生じたものであり、本件道路の状況とは因果関係がない。
2 損害額
(一) 原告らの主張
(1) 葬儀費用 五〇万円
(2) 死亡逸失利益 二一五三万九六九三円
148,800×12×(1-0.5)×24.126=21,539,692
ただし、一円未満を四捨五入した。
(3) 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
(4) 近親者慰謝料 二〇〇〇万円
(5) 合計 六二〇三万九六九三円
(二) 被告の主張
原告らの主張を争う。
第三争点に対する判断
一 本件事故の状況等について
前記争いのない事実、甲一、二、三、七ないし九、乙二、三、四(枝番を含む)、九、鑑定の結果、証人逸見和彦の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 本件道路の状況
本件道路は、本件交差点を境として、それより南側(山手通り側)の車道の幅員が一三・三メートル、北側(品川駅側)の車道の幅員が九・四七メートルの、南北に通じる片側一車線の舗装された道路である。本件道路は、本件交差点において、東西に変則的に走る、幅員がそれぞれ六・四メートル、及び三・九五メートルの道路と交差している。本件交差点には信号機が設置され、その中央の路面には盛り上がりがあり、本件交差点中央部から本件道路に対しては南北にそれぞれ下り勾配となつている。その高低差は、本件交差点中央部付近の最頂部と、右最頂部から山手通り側に約二〇メートル南側の本件道路平坦部との高差が約一・五メートル、品川駅側の平坦部との高差が約〇・八五メートルである。本件道路には、五〇メートルの間隔をおいて、四〇〇ワツトの街路灯が設置されて夜間でも明るい。本件道路は、駐車禁止の規制がされ、その最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。本件事故当時、本件道路の本件交差点から山手通り側には、本件交差点手前に停止線が標示され、停止線に至るまでセンターラインが標示されていたが、本件交差点内には、センターラインを示す路面標示はなかつた。本件道路は、山手通り方面から品川駅方面に向かつて、本件交差点を境として、その左側端(西側)が、ほぼ直線(僅かに左に曲がつている。)であるのに対して、その右側端(東側)は、大きく左方向に折れ曲がり、その全体の幅員は著しく狭まつている。このために、本件交差点北側のセンターラインも、本件交差点南側のセンターラインの延長線上より約三メートルないし三・五メートルほど左側に引かれている。そこで、本件道路は、山手通り方面から品川駅方面に向かつて進行する車両が、センターラインから約三メートルないし三・五メートルほど内側を、センターラインの標示がなくなつた後もそのまま直進した場合には、対向車線内に進入する位置関係になつていた。本件道路を山手通り方面から品川駅方面に向かう車線上の停止線から、品川駅方面から山手通り方面に向かう車線上の停止線までの距離、及び被害車両と加害車両との衝突地点までの距離は、それぞれ約三三メートル、約三〇・六メートルである。本件事故当時、本件道路の交通は閑散で、その路面は乾燥していた。
2 本件事故の状況
(一) 亡頼広は、平成四年六月二五日午前三時五分ころ、被害車両を運転して、本件道路を山手通り方面から品川駅方面に向かつて走行していた。被害車両は、その車長一・九九メートル、車高一・〇八メートル、車幅〇・六七メートル、車両重量一七〇キログラムの自動二輪車であつた。亡頼広は、本件道路のセンターラインから約二メートル内側を走行して本件交差点に至り、これを直進しようとしたところ、対向車線内である別紙現場見取図の<×>の地点において、訴外岡田の運転する加害車両と正面衝突した。本件事故現場には、被害車両のスリツプ痕や擦過痕は残されていなかつた。
(二) 訴外岡田は、加害車両を運転して、品川駅方面から山手通り方面に向かい、別紙現場見取図の<1>の地点まで進行したとき、本件道路を対向して進行する亡頼広の運転する被害車両が、一一一・四五メートル前方の地点である同図面の<ア>の地点を対向して進行するのを初めて発見した。訴外岡田は、本件交差点において右折するつもりであつたので、同図面の<2>の地点(<1>の地点から九・二メートル南に進んだ地点)において右折する方向を確認し、被害車両から目を離した。その後、加害車両が同図面の<3>の地点まで進行したとき、同図面の<イ>の地点まで進行してきた被害車両と、同図面の<×>の地点において正面衝突した。右<1>から<3>までの距離は、一二・九メートルであり、右<ア>から<イ>までの距離は、九六・七五メートルであつた。加害車両は、同図面の<4>の地点において停止し、亡頼広及び被害車両は、同図面の<ウ>の地点において転倒していた。加害車両は、最大積載量二トン積み・エアオリ板装備のトラックであり、車長は四・六九メートル、車高は一・九九メートル、車幅は一・六九メートル、車両重量は二一八〇キログラムであつた。
(三) 加害車両は、本件事故により、その前部フエンダー、ラジエター及びバンパー等が破壊され、かつ、大きく凹損した。特に、前ナンバープレート装着部、すなわち前面ほぼ中央付近において、凹損が最も深くなつており、このような凹損は加害車両のフロントガラス直下の高さにまで生じていた。被害車両は、本件事故により、前輪、前部計器、カウリング、フロントフオーク及び速度計等が破壊されており、速度計はその指針が文字盤上の毎時一一〇キロメートル付近を指示したまま停止していた。
本件事故時における被害車両の速度については、加害車両が一二・九メートル進行する間に被害車両が九六・七五メートル進行したこと、本件事故後、被害車両の速度計の指針が一一〇キロメートルを指したまま壊れていたこと、加害車両及び被害車両がいずれも本件事故により走行不能となつたこと、加害車両の前部の破損は、フロントガラス直下の高さにまで及んでいること、その衝撃が極めて大きかつたこと等の事実を総合すると、制限速度である時速四〇キロメートルを大幅に超過する速度で走行していたものと推認することができる(時速一一〇キロメートルであつたと確定的に認定することはできないが、これに近い速度で走行していたものと認めることができる。)。
(四) なお、本件事故後、山手通り方面から品川駅方面に向かう車線には、センターラインの内側に白いペイントでゼブラゾーンの標示がされ、本件交差点手前の停止線から約四〇メートル手前からは、白いペイントで直進車両用の車線と、右折車両用の車線の区分が描かれた。右ゼブラゾーンは本件交差点を超えた前方まで連続している。
3 本件道路の視認状況等
本件道路の山手通り方面から品川駅方面に向かつて進行した場合、本件交差点に至るまでの見通しは良好である。本件交差点先の見通しについては、昼間、本件交差点手前の停止線から六〇メートル手前の地点で、視線の高さを一・一メートルとした場合、本件交差点に設置された信号機の位置、本件交差点先の本件道路の両側の建物、電信柱等から、本件道路が本件交差点先において東側端が大きく左に折れ曲がり、その幅員が狭くなつていることを認識することができ、また、夜間においても、右停止線から約二〇メートル手前の地点で、本件交差点に設置された信号機の位置から、本件道路が本件交差点先において前記のように折れ曲がり、その幅員が狭くなつていることが認識できる。
なお、自動二輪車を含む自動車が走行中に急ブレーキを掛けた場合、乾燥路面における車両の停止距離は、時速四〇キロメートルの場合に約二〇・一メートル、時速五〇キロメートルの場合に約二八メートル、時速六〇キロメートルの場合に約三六・九メートル、時速七〇キロメートルの場合に約四七メートルである。
4 本件交差点における他の交通事故状況
本件交差点付近においては、昭和五六年四月五日から本件事故の発生した平成四年六月二五日までの間に、本件事故以外にも、以下のとおり六件の交通事故が発生した。すなわち、昭和五六年四月五日には、本件道路を品川駅方面から山手通り方面に走行して本件交差点を直進しようとした車両が、走行中の前者を追い越そうとして対向車線を走行したまま本件交差点に入り、対向車線を走行してきた車両と衝突した事故、昭和六二年一月二日には、本件道路を山手通り方面から品川駅方面に走行していた車両が、本件交差点を越えた先において、駐車中の車両に追突した事故、同年四月一一日、昭和六三年七月六日、平成元年一二月二八日及び平成三年六月九日には、いずれも本件道路を山手通り方面から品川駅方面に走行し、本件交差点を右折しようとした車両と、本件道路を品川駅方面から山手通り方面に対向し、本件交差点において直進しようとした車両が衝突した事故が発生した。
二 被告の責任について
右認定した事実に基づき、被告に道路管理上の瑕疵があつたか否かについて判断するに、以下の理由により、本件道路は、通常有すべき安全性を欠いたものということはできず、被告に本件道路の管理上の瑕疵があつたということはできない。
すなわち、確かに、本件道路は、本件事故当時、山手通り方面から品川駅方面に向かつて、本件交差点を境として、その左側端(西側)が、ほぼ直線(僅かに左に曲がつている。)であるのに対して、その右側端(東側)は、大きく左方向に折れ曲がり、その全体の幅員は、著しく狭まつており、本件交差点の北側センターラインは、本件交差点の南側センターラインの延長線上より約三メートルないし三・五メートルほど左に引かれており、しかも、本件交差点の中央付近を頂点として、盛り上がり部分が存在していたため、本件道路の見通しは、本件交差点の前方下側については、必ずしも良好でないにもかかわらず、本件交差点内部において、車両の進路を誘導するための路面標示がされていなかつた。
しかし、本件道路は、五〇メートルごとに設置された四〇〇ワットの街路灯に照らされて、夜間でも明るく、見通しは良好であること、山手通り方面から品川駅方面に進行する場合、少なくとも、停止線から南に約二〇メートル手前の地点において、本件交差点の右側に設置された信号機が、左に張り出して位置していること等により、その右側端(東側)が、大きく左方向に折れ曲がり、その全体の幅員が著しく狭まつていることが容易に認識できる状況であつたこと、したがつて、時速七〇キロメートルで走行していた場合の制動距離は、約四七メートルであるので、仮に、制限速度を超過した右程度の高速で走行した場合であつても、前方注視義務を果たして走行をしていれば、本件交差点の停止線手前約二〇メートルの地点において、その前方約五三メートルの対向車線の停止線の地点を進行する車両との衝突を回避することが十分できるというべきであること等の事実に照らすと、本件道路は、本件交差点中央部の盛り上がりのため、その前方下部の見通しが不十分な点があるものの、その通常有すべき安全性を欠いていたものということはできない。以上のとおりであるので、本件道路に本件交差点内部における車両の進行を誘導するための導流帯等の路面標示をすべきであるとの原告らの主張についても、このような路面標示をしなかつたからといつて、被告に本件道路の管理に瑕疵があつたということはできない。
さらに、前記認定のとおり、被害車両は、制限速度である四〇キロメートルを大幅に超過した、時速一一〇キロメートルに近い速度で進行していたこと、訴外岡田は、別紙現場見取図の<1>の地点で、本件道路を対向して進行する亡頼広の運転する被害車両を、一一一・四五メートル前方の地点で既に発見されていたこと等の事実に照らすならば、本件事故は、専ら、亡頼広の前方不注視が原因で生じたものと推認せざるを得ず、したがつて、仮に、被告に本件道路の管理に瑕疵があつたとしても、右瑕疵と本件事故の発生との間には、相当因果関係があるということはできない。
なお、本件交差点付近において、本件交通事故以前にも交通事故が発生したこと、及び、本件交通事故の後、本件道路には、右折専用の路面標示等がされたことは前記認定のとおりであるが、右事実により、前記の判断が左右されるものではない。
以上のとおり、本件道路は、その通常有すべき安全性を欠いているものということはできず、また仮に本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたとしても、その瑕疵と本件事故との間に相当因果関係があつたということはできないから、原告らの被告に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第四結論
以上によれば、原告らの被告に対する請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 飯村敏明 竹内純一 波多江久美子)